263. 2023年⇒2024年

2023年は自身にとって大きな変化を迎えた一年であった。その年末に一年の概要を振り返っておくことは、決して無益ではないと思う。

この一年間に起きた出来事は多く、変化もまた様々であった。しかしそのすべてを逐一振り返ることは、時間の無駄でもあり、あまりにも散漫になってしまうきらいがある。

ここでは、要点だけを振り返っておこう。

文字・言葉の限界を感じていた

2023年10月以降、このブログではまったく文章を書いていない。それはなぜかと言うと、「文字や言葉に限界を感じていた」からである。

人間が感じる思いを表すには、文字や言葉はあまりにも有限であり、「本当に伝えたいのはこういうことじゃない」と思いながら文章を書くことがままあった。

言葉にすると、その瞬間から「生の体験」は色あせていく。何かまったく別のものにすり替わってしまう。

私は実にこのことに苦悩していた。もはや文章を書く気力など、ほとんどなくなっていた。

しかしこの懊悩は決して無駄ではなかった。ここで悩んだことが、自身の哲学的視野を広げることになり、大学の卒論に着手することにもつながった。

卒論に着手

現在大学3年生。年が明ければ、やがて4年生になる。

私は哲学科で学んでいるので、卒論のテーマが哲学に関わるものとなるのは必然だった。

ところが、授業では中世の西洋哲学を主に学んでいたのだが、もともと古代哲学の方に興味があった私にとって、それは難解であり、さらに関心の薄い内容だった。

「このままここで学んでいて、卒論など書くことができるのだろうか? そもそも自分がやりたかったのは、本当にこういう内容だったのか?」

そういう不安や悩みが、次第に募ってきた。

古代哲学に興味があるだけでなく、自分は理論よりは実践を好む人間だった。

そういう私にとって、やたら理論的な中世の西洋哲学は、肌が合わなかったらしい。

もちろん、中世西洋哲学のすべてを学んだわけではないので、自分が知らないところに実践的な哲学もあるかもしれない。実際、12月の終わりごろの哲学の講義では、西洋哲学には珍しく自分の興味を惹く内容があった。

ただ、直感的に西洋哲学よりは東洋やイスラームの哲学の方が自分に合っていると思う。それらは多分に実践的なものだから。

そんな中、別の授業で鈴木大拙という人物を知り、「禅」を学び始めた。これは至極自分に合っていたらしく、私はたちまち禅を実践するようになった。

それからは禅の方面から探究をはじめ、「八正道」「ヨーガ」と次々に自分に合いそうなものを発見した。

そこで学んだことを今、少しずつ実践しているところである。

この「実践の積み重ね」が、いずれ卒論の骨子となることは間違いない。いや卒論のみならず、これからの学びは人生の軸となっていくだろう。

歌と踊りを極めていく

「実践」は、これまでも自分の人生を貫く一大テーマであった。

2023年という一年は、とくに身体の鍛錬という面で自己の実践的部分を遺憾なく発揮した年である。

現在では禅やヨーガの実践に取り組んでいるので、今後は心や魂も研ぎ澄まされていくことだろう。

さて、自分の中で実践を続けてきたものと言えば、ほかに「歌と踊り」が挙げられる。

これもまた1年と2ヶ月ほど続けているが、長期的に見れば成長の連続であった。

そして2024年には新たな段階に入ることになった。すなわち、初めてステージの上で、たくさんの人びとを前に歌って踊ることになったのだ。

初ステージイベントは、2024年2月12日、糸島の「健康福祉センター あごら」という場所で開催される。

この日を目標に練習するようになってから、自身の踊りは格段に向上したと思われる。次は歌だが、これも次第に良くなっていくことだろう。

「一芸に通ずるものは諸芸に通ず」という。まずはぜひ、この「歌と踊り」を極めてみたいと思う。

2024年も良い年にしよう

2023年は思想・学問・身体・芸能など様々な面で成長と学びが充実していた。

来たる2024年もまた、志を高く持ち、心・身体・魂すべてをさらに高い次元へと高めていきたい。

そのためには時間を流れるままにせず、しっかり掴み取り、そして空間をも把握することが肝要であると思われる。

この一瞬の積み重ねが、1時間、1日、1ヶ月、1年を作り上げる。当たり前のことだが、それを本当に理解して行為するのは難しい。

休めることは大事だが、怠けることは許されない。この微妙な部分を知ることもまた、人生を豊かにするだろう。

さあ、今すぐ始めよう。

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