207. 超・ハードな1日

こんにちは! おぬまです。

YouTube初撮影となった10月31日は、本当にハードな一日でした。

朝7時半から自転車で天神へ

事前にレンタルした天神のスタジオの予約が朝9時からだったので、朝早く起きて準備をしました。

最初は「いと・しま号」というバスで行く予定だったのですが、

何を勘違いしたのか、過去の僕が「自転車で行った方が体を動かすから、行ってすぐ歌ったり踊ったりできそう」と思ったために、自転車で行くことになりました。

5時半に目覚ましをかけ、起きたものの眠すぎるので6時半まで寝て、そこからご飯を食べて着替えたりカバンの整理をし直したり。

7時出発予定でしたが、いろいろやっていたら7時半になってしまいました。

あと一歩のところで道に迷う

道に出てみると、通学中の学生が多すぎて混雑していたので「7時半に出発したのは間違いだった」と思いました。

しかし今さらどうにもできず、あいている隙間を見つけてガンガン飛ばしまくりました。

9時からの予約でしたが、マップを見ると9時5分くらいに着きそうでした。まあ、5分くらいいいか・・・

ところが、その後10分経っても目的地が見えてきません。

「さすがにおかしいな」と思ってマップを見直すと、「天神北」で曲がる方向を間違えたらしく、真逆の方角へだいぶ進んでいました。

「しまった!」急いで引き返すと、今度もどこかで間違えたらしく、またもや目的地から遠ざかってしまっています。

「うわ、もう9時40分じゃん・・・」

そのころようやく、因縁の「天神北」に舞い戻ってきました。

最初にここに着いたときに、しっかりマップで確認しておけばよかった・・・。

しっかり踊った

スタジオがある建物に着くと、「自転車をどこに置いたらいいのか」という問題が発生しました。

付近に適当な駐輪場がなかったので、仕方なくスタジオがある4階まで自転車を担いで上がりました。

しかし階段の段が急で、持ち上げて上るのはかなり困難でした。

それでも何とかスタジオまで自転車を運び終え、時計を見ると9時50分。

「ふー、50分のタイムロスかー・・仕方がない、残った時間で集中してやるか!」

12時半までの予約だったので、あと2時間40分残っていました。

僕は時間のかぎり踊りまくり、10本以上の動画を撮影できました。

家に帰ったら、これらの動画を1つ1つ見直して、いいものをいくつか選んでアップしていこうと思います。

スタジオ退館時の困難

集中していたら、あっという間に終わりの時間がやって来ました。

僕は急いでスタジオを出ようとしましたが、なぜかカバンに荷物が入りきらず、「うお~」と叫びながら、荷物をとりあえず外に放り出しました

時間を過ぎてもスタジオ内に残っていたら、延長料金を取られてしまいます。

スタジオの外の狭いところでカバンを整理し、「あ~トイレ行きたい」と言いながら自転車を持って下り始めました。

ところが上りよりも下りの方が困難で、自転車のタイヤが階段状で回り、その勢いで下まで自転車ごと落ちそうになったりしました。

僕は何とか踏みとどまり、1階まで無事に下りることができました。

空腹と疲労とトイレと

スタジオを出た僕は、とりあえずお腹が空いていて、トイレに行きたくて仕方がありませんでした。

ご飯はおにぎりを4個握って持ってきていましたが、すでに2個食べていました。

「とにかく肉が食べたい」と強く思いました。

それよりも何よりも、僕の場合切実なのは、トイレに行きたい気持ちでした。

自転車を漕げば漕ぐほど、その気持ちは高まっていきます。試しに自転車を降りて歩いてみましたが、余計に行きたくなっただけでした。

ふと気がつくと目の前にコンビニがあったので入ろう思いましたが、

自転車をどこに止めたらいいのか迷っている(付近に違法駐輪の張り紙をされた自転車が見えた)と、警備服のおじいさんに声をかけられました。

あなたビザ発給の人でしょ?」といきなり言われ、「え?」と思いましたが、心理的に限界に近かったのでとりあえず「ええまあそうです」

それから「あ、トイレ、行きたいので、自転車、止めたいんですが・・・」と、疲れから少し片言になりながら尋ねると、

「あなたビザ発給の人でしょ? あそこに見える自転車は放置自転車で処分だけどね、ここのコンビニの敷地内に止めたら私たちは何も言えない。勧めることもできないけど、ここに止められたら、少なくとも撤去はできない」

と、回りくどい説明をされました。

「今はとにかくトイレに行きたいんだよ!」と少しいらいらしながら「なるほど、ここに止めたらいいんですね、ありがとうございます」と言ってコンビニに駆け込みました。

ところが中に入ってみると、「コロナ感染予防のためトイレ使用禁止」・・・やめろー!

トイレを使わせてもらえなかったので、買おうと思っていた食べ物も買わずに飛び出しました。(結局自分を苦しめただけ)


早くこの街から抜け出したい!

空腹、疲労、トイレ—―さらに昼間の熱い日射し、目が回りそうな人の波・・・自分の中では最悪と言える状況に置かれ、僕は完全に混乱していました。

早くこの街から抜け出したい!

もはやトイレに行こうともせず、ご飯を買おうともせず、とにかく人のいない方を目指して走り続けました。

天神は糸島と違って人がたくさんいすぎて、それが今の僕には耐えられませんでした。暑いし、ぶつかりそうになるし、とにかく不快。

帰り道としてはかなり遠回りになりますが、最短ルートの六本松へは行かずに、ひたすら南へ南へと自転車を漕ぎ続けました。

地名でいうと天神の南方にある平尾や平和、小笹といった場所を通っていきました。僕の好きないも菓子を売っている「芋屋金次郎」の福岡店の横も通りました。

遠い帰り道

人の少ないところには辿り着きましたが、結局のところは回り道をしただけでした。

その後は中村学園大学方面を目指し、国道202号線に乗って帰りました。

気がつけば15時近くなっており、「そういえばご飯食べてなかったな・・・」とぼんやりと思いました。

今振り返ると、この頃の僕は相当ギリギリの状況に追い込まれていました。

もはや自身の体の状態にほとんど関心を払っておらず、「家に帰りたい」ということだけを思って機械的に自転車を漕いでいました。

何かを考える気力すらなくなっていたのかもしれません。

ヘルプミー!

かすかに残っている意識の中で、とりわけ苦痛だったのはカバンの重みでした。水4本、マイク、スピーカー、三脚、カメラ・・・そのほかにも大小さまざまな道具を詰め込んでいたので、相当重くなっていました。

それと、移動中に中で物が動いたらしく、腰や背中にとがったものが刺さっている感覚がありました。

鈍い痛みが続いていましたが、その痛みをどうにかしようという気力はすでに失われていました。

このままでは家まで帰りつけそうにないと思い、お母さんに「もし家にいたら、学研都市あたりまで荷物だけ迎えに来て欲しいー」と連絡。自転車は大きすぎて車に乗せられなかったのです。

幸いお母さんは家にいたので、学研都市駅の近くにあるダイレックスまで迎えに来てくれました。

カバンを預け、焼き芋とチョコを買ってもらって食べると、少し人心地がつきました。

お母さんに「ありがとう」と言って、学研都市から家まで、最後の移動を開始しました。

家まで約30分。残っている体力と気力のすべてを振り絞り、家の近くの急な坂を漕ぎ切りました。(降りて歩けばよかったのでは・・・)


大量の唐揚げ

家に帰ると、お母さんが間違えて唐揚げを買いすぎたらしく、「好きなだけ食べていいよ」と言われました。やったー!

数えていませんが、9個くらい食べた気がします。さらにシイタケのバター炒めも食べました。

そこまで食べたところで激しい眠気が襲ってきて、そのまま横になって少し眠りました。

夜はぐっすり

少しの仮眠から目が覚めると、弟が地区の行事でハロウィンのお菓子交換をやって来ていたので、いくつか貰って食べました。

弟と妹も、僕がいない間に2.4キロ走っていたらしく(弟は乗れたてのチャリ、妹はダッシュ)、疲れている様子でした。

お母さんもまた、僕の荷物を運んでくれただけでなく、疲れて帰れなくなっていた弟と妹をも迎えに行ったために、疲れていました。

この日の夜は早めに用事を済ませて、僕は21時半には布団に入りました。

そしていつも以上にぐっすり眠りました。

きっと、他のみんなもぐっすり眠っていたことでしょう。

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