97. おぬまの日々 vol.3

2021年11月7日、日曜日。

この日、おぬまは朝から自動車学校に行く予定だった。

「応急救護処置教習」という、3時間連続で受けなければならない上に予約が必要な学科教習がある。

おぬまは、この特別な教習を受けるために1週間ほど前から予約をしていた。いわば、「待ちに待った」教習だったのである。

そういえば小さい頃、よくお母さんが「待ちに待った〇〇」という表現をよく使っていたが、おぬまはずっと「街に待った」だと勝手に思い込んでいた。

イメージは、何人かの人が歩いてるストリートの上を、マフラーをした青年が愉快そうに歩いている感じである。まるで、街の中を爽やかな風が通り抜けていくような。

それが誤解だったことには、何年か後になって気づいた。

おぬまには、こういった思い込みがしばしばある。

小学生の頃など、「自分が絶対に正しい」と信じ込んでいた。もし他の人に「それ、間違っているよ」と言われても、自分の過ちを認めようとしなかった。

自信過剰というか、頑固というか。あるいは、その両方か。

もちろん、今のおぬまはもう少し柔軟である。(自分で言うあたり、自信過剰の方は健在なのかもしれない)

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さて、話が大分ずれ込んだ。

そうそう、自動車学校の「応急救護処置教習」の話だった。

この教習は前述のとおり3時間連続で行われ、1時間目はテキストを用いた学習、2時間目は人形を使った心臓マッサージなどの練習、そして3時間目にテストが行われた。

おおよそ10:00~13:00の予定だったので、おぬまは8時54分のバスに乗って自動車学校に向かった。

1時間目は、普通に教室で座学。事故に遭った傷病者の気道を確保する際におこなう「頭部後屈あご先挙上法」という方法の名前が厳めしくて、妙に頭に残った。

2時間目以降は実技となり、おぬまたち教習生は実習教室(第3教室)に案内された。そこには、オレンジ色の服を着た人形がたくさん転がっていた。

実習教室に入ると、教官がおぬまたちを3~4人ずつのグループに分けた。

おぬまのグループは、男3人。お互いに初対面なので、まずは自己紹介をした。

「おぬまです。えっと・・・大学は九大です」

おそらく他の2人も同じ大学なのではないか。そう思っていたが、その読みは見事に外れた。

「俺は福大です」「僕、福工大です」

なんと、みんなバラバラだった。

とりあえず名前と学校名を言った後は、大学の授業のことや中高生の頃の話、教習の話など自由に話した。

2人とも、いい人そうだった。

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3人で10分ほど話し込んだ後、教官が前に現れ実技が始まった。

まずは、心臓マッサージ。人形の腹の部分にメーターが入っており、それを取り出して見ながらマッサージを行った。

「手掌基部」という、手のひらの根元付近を使って人形の胸骨を圧迫する。30回繰り返すと、思っていたより手が痛くなった。

「これけっこう、手痛くね?」などと3人で話しながらかわるがわるマッサージ。

メーターには「何センチ圧迫できているか(目安は5センチ以上)」「どれくらいのペースで圧迫しているか(目安は1分間に100~120回)」「人形のどのあたりを圧迫しているか」などが示されていた。

最後の「人形のどのあたりを圧迫しているか」についてだが、正しい位置を押すと緑色に光る仕組みになっていた。

しかし、ミリ単位で判定されるのか、少し前とほぼ同じ場所を圧迫しても赤色で表示されることが多かった。(赤色だと圧迫する位置がずれているらしい)

おぬまたちは「赤色しか出ない!」「お、緑3連続キター!」などと競い合った。

途中からおぬまは覚醒したのか、何回やっても緑しか出なくなった。福大の子が「神降臨しとるやん!」と驚いていた(笑)

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3時間目の最後に、「効果測定(テスト)」が行われた。

テストは、「傷病者発見」から始まり「安全確認」「出血確認」「呼吸確認」などと続き、それから「心臓マッサージ」「人工呼吸」という流れで行われた。

おぬまたちは、「人が倒れています!」「普段通りの呼吸なし!」などと1つ1つ声に出して言った。それは、なんとなく台本の棒読み感があった。実際に事故現場に遭遇した時もそういう感じでやるのだろうか。

最後の「心臓マッサージ&人工呼吸」は、計6セット繰り返した。つまり、心臓マッサージは30×6₌180回、人工呼吸は2×6₌12回。

人工呼吸は形だけだったのでよかったが、心臓マッサージ180回はなかなかハードだった。

テストの際、まず1セット「心臓マッサージ&人工呼吸」をしたあとで、残りの5セットを行う時間が計測された。

おぬまは5セットで1分51秒。福大の子は1分43秒、福工大の子は1分42秒くらいだった。

他のグループも大体そんな感じだった。中には1分20秒台の子もいて、教官は「早すぎる」と言っていた。目安としては5セットで1分45秒~2分が適切なのだそうで、

「実際は救急車が来るまで永遠にマッサージと人工呼吸を繰り返さないといけないんだから、そんな早くやってたらあなたたちの力が尽きますよ」とのことだった。

おそらくだが、みんなが早すぎたのは「人工呼吸」を端折っていたからなのではないかと思う。

教官が「コロナの心配があるので、人工呼吸は実際にやらなくてもよいです」と言っていた。しかし、形だけはやっておいた方がいいだろう。

おぬまのタイムが少し他の人より長くなったのは、人工呼吸のふりまで入れていたからというのもある。

「テストなので、当然不合格者が出ることもある」と教官が言っていたが、幸い全員合格だった。

おぬまたちは喜びをかみしめながら(たぶん)、実習教室を後にした。

別れ際に「今日はありがとう」と3人で言い合った。

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3時間連続で授業を受けたので、おぬまは少し疲れていた。それに、ちょうどお昼時(13時)でもあったのでお腹が空いていた。

実は、スクールバスが2時間に一本しか出ておらず、14時まで帰れないので13:00~13:50で技能教習のキャンセル待ちをしていたのだが、

「疲れたしもういいか」と思いながら車校のエントランスから外へ出たところ、ちょうど「キャンセル待ちの方は一名です。おぬま様」というアナウンスが聞こえてきたので、

「これは乗るしかない!」とつぶやいて引きかえし、その後50分間路上を運転した。

路上教習中、前方にマイマイスクール(別の自動車学校)の教習車が見えた。

しかし、いつも見る黄色ではなく赤い車だった。

助手席に座っていた教官にこのことを尋ねると、「黄色い教習車がメインですが、数台だけ赤と青の車もあるようですよ」とのこと。

教官は「レアですね」と笑った。

路上教習を1時間受けたあとは、バスに乗って家まで帰った。

(つづく)

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