96. おぬまの日々 vol.2 

(前回の続き)

2021年11月2日、火曜日。

13時にドイツ語の授業があるおぬまは、「30分前に出れば余裕で間に合う」と言いながら20分前に家を出た。

途中さまざまな困難に遭いつつも、大学を目指しておぬまは自転車を漕ぎ続ける。

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教室についたのは、12時53分だった。

息が上がっており、とてもマスクをつけられたものではなかったが、仕方がない。おぬまは息が整うまで、こっそりとマスクから鼻を出していた。

13時。

授業開始早々、いつも眠っている女子学生のひとりがコクコクと首を振りはじめた。

彼女は前から2番目の席。前期(4月~8月)は最前列の席だった。

このドイツ語の授業は席順が先生によって決められていて、後期に入った瞬間、前期と真逆の席順に変更された(例えば左前方に座っていた子は右後方に、中央後方に座っていた子は中央前方に、というように)。

ところが、例の居眠り女子学生とその周りだけは、なぜか前期も後期も前の方に固定されたままだった。

先生は「私の手際が悪いせいで、数名の方々だけ前とほぼ同じになってしまいました。すみません・・・」と言っていたが、

本心はどうだったのだろうか。

まず、居眠り女子学生は「寝すぎ」という理由で前に固定されたのではないか。

そして、その女子学生の隣に座る男もなかなか曲者で、前から2番目・教室中央付近に座っているにもかかわらず、授業中に堂々と「ピュレグミ ブドウ味」を頬張っていた。

目を伏せてコソコソ食べたりするのではない。しっかり先生の目を凝視しながら、ガサゴソと定期的に取り出して食べていた。

ブドウの匂いがプンプンとこちらまで漂ってくる。おぬまは心中、ピュレグミ欲を抑えきれなかった(一時期ピュレグミにハマっていたことがあった)。

居眠り女子学生とピュレグミ男の前には、恰幅のいい男とやせ型の男が座っていた。

恰幅のいい方は自分の席が最前列であることが不満なのか、いつも何か恨めしそうにつぶやいている。

毎度同意を求められる、隣のやせ型の男は、どうでもいいような顔でうなずいている。

・・・とまあこんな感じで、この前方に座っている4人だけでコントでもやれそうな雰囲気が漂っている。いっそのこと、この4人でグループを作って芸能界デビューしたらどうか、とも思う。

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居眠り女子学生の名誉のために少し述べておくと、このドイツ語の授業を担当しているA先生の話し方は、どちらかというと聞き手の眠気を誘うタイプのものだった。

レベルで言うと、「かなり」。

常に4,5人は寝ている、そういう授業であるといってよかった。

おぬまもたまに寝る。

上の写真は、おぬまが居眠りしながらも必死に何かを書き続けた、その痕跡である。

半分眠っている状態で何を書こうとしていたのか、もはや異言語ともいえる文字の解読をするのも、また面白い。

高校の頃、授業中に寝ていたときは、授業が終わった後で友人とこのミミズのような文字の判読に取り組んだりしたものである。

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授業は先生から生徒への一方的な知識伝達型で行われることが多く、それが居眠り学生を増やす原因であると思っていたのだが、今日は形勢が少し違った。

まず、おぬまの前に座っている友人S(高校から同じ)がいきなり指名された。

そして、ドイツ語の音声が流れた後にそれを繰り返して発音せよ、という指示。

流される文章はどこにも載っていないので、自分の耳だけを頼りに聞こえてきた音を発音しなければならない。

単語と単語をつなげて発音されると「○○? △△? どっち??」となることもあり、難易度はけっこう高めだった。

まさに青天の霹靂。授業がいきなり「ハードモード」に切り替わった。

友人Sも、名前を呼ばれた瞬間はびくりと体を動かして驚いていた。しかし、いい感じに答えていた。

「自分の前の席のSが当たったんだから、自分には来ないんじゃないか」と油断していたおぬま。すかさず、

「Herr おぬま(ドイツ語で「おぬまさん」)」

「うっ」

音声が流れ出す。話し手の発音が不明瞭な部分もあり、「うーん、どうしたものか」と迷ったが、聞こえたままに発音するのがよかろうと思い、そのまま復唱した。

いつもだったら緊張して発表する前に少しどもるのだが、バイトで日常的に接客をしてきたおかげか、よどみなく話し始めることができた。

これは、おぬまの成長である。

発音は間違えた部分もいくつかあったが、まあ何とか乗り切った。そしておぬまの後ろの席の女の子も指名されて、「突然のハードモード」はここで終了。

おぬまの2個後ろの席の男の子は胸をなでおろしていた。

急に当てられたために目が覚めたのか、通学時の激しい運動で疲れていたにもかかわらず、その後一睡もせずに授業を受け続けることができた。

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ドイツ語の授業が終わったあと教室を出ると、なんだか見覚えのある顔に遭遇。

よく見ると、ほんの2日ほど前の日曜日におぬまがスポーツ自転車を販売したお客さんではないか。

お互いに「あっ・・・」という表情を見せたが、よく考えるとこれは知り合いと言えるのかどうか。

向こうも、「なんか見たことあるけど、服装も違うし・・・」といった顔をしていた。

もしまた会うことがあれば、そのときは話しかけてみようかな、とおぬまは思った。

(つづく)

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